3月10日、びわ湖ホール初日の「タンホイザー」を見た。全体として大変にレベルの高い演奏で、ミヒャエル・ハンペの伝統的な演出も大変に好ましいものだった。
私は、在独中の1980年代、ケルンオペラ(Stadtoper Köln)に数々通っていたが、当時のケルンオペラの総監督(Inntendant)がミヒャエル・ハンペで、ハンペ演出の「タンホイザー」も何度か見た記憶があり、今回のタンホイザーを大変楽しみにしていた。
当時の出演者を調べようと昔のプログラムを探したところ、1987年の3月と12月の公演プログラムを見つけた。その時の主要キャストを参考までに記載しておく。
1987年3月21日(土)
ヘルマン:マティアス・ヘレ
タンホイザー:クラウス・ケーニッヒ
ヴォルフラム:ヴォルフガング・ブレンデル
ヴァルター:ヨーゼフ・プロチュカ
エリーザベト:ナディーヌ・ゼクンデ
ヴェーヌス:キャロル・ヤー
指揮:マレク・ヤノフスキ
管弦楽:ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
1987年12月26日(土)
ヘルマン:ディーター・シュヴァイカート
タンホイザー:スパス・ヴェンコフ
ヴォルフラム:ルートヴィヒ・バウマン
ヴァルター:ヨーゼフ・プロチュカ
エリーザベト:ナディーヌ・ゼクンデ
ヴェーヌス:アデル・ニコルソン
指揮:ハンス・ヴォルフガング・シュミッツ
管弦楽:ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
もう25年も前の公演で記憶は定かでないが、当時のケルンオペラのワーグナー公演で大変評判になっていたナディーヌ・ゼクンデのエリーザベトが大変に素晴らしかったことと、演出では第1幕ヴェーヌスベルクの場面で、素っ裸の男女のダンサーが舞台をところ狭しとと走り回る大変刺激的なものだったことだけははっきりと覚えている。
今回の演出は、極めてオーソドックスなもので、ケルン時代のような刺激的なものではなかったが、それだけに音楽に集中できる大変に好ましいものだったと思う。
昨今、欧州の歌劇場では前衛的でよく訳のわからない演出がはびこっており、オペラの主役が音楽から演出に移っているのを私は大変危惧している。ヴォルフガング・ヴァーグナーが亡くなられてからのバイロイト音楽祭も例外ではなく、昨年NHK BSで生中継された「ローエングリン」、世間でネズミローエングリンと命名されている演出もひどいものだった。
バイロイト音楽祭の新しい劇場運営者が、今までの神格化されたヴァーグナー像を破壊しようとしているのは理解できるが、音楽の邪魔をする演出というのはいただけない。私が、バイロイトでローエングリンを見たのは1993年だったが、ヴェルナー・ヘルツォークの美しい舞台が忘れられない。ノイエンフェルスの刺激的なネズミローエングリンは大変刺激的ではあるが、すぐに飽きられることだろう。
前置きが長くなったが、3月10日の主要キャストは以下のとおり。
ヘルマン:妻屋秀和
タンホイザー:福井敬
ヴォルフラム:黒田博
ヴァルター:松浦建
エリーザベト:安藤赴美子
ヴェーヌス:小山由美
指揮:沼尻竜典
管弦楽:京都市交響楽団
歌手陣が大変充実しており、大変見応えのある公演であった。京都市交響楽団も沼尻竜典のメリハリのある明快な指揮さばきに見事に応えた大変な熱演であったが、この演奏からはかつて訪れた霧に霞むヴァルトブルク城の暗く神秘的な光景を思い浮かべることは出来なかった。
歌手の中では、何と言っても福井敬のタンホイザーが抜きん出て素晴らしかった。福井敬はトゥーランドットのカラフやトロヴァトーレのマンリーコといったドラマティコの役柄を得意とするテノールだが、タンホイザーをこれほど完璧に歌えるテノールとは想像していなかった。彼のバリトン的な暗い声質はタンホイザーに向いているとは思っていたが、第3幕の前半を除いてほとんど舞台に出ずっぱりで、最後の最後にローマ語りの長丁場をかくも完璧に歌えるとは誠に圧巻であった。
この最後のローマ語りは歌唱力に加えて、大変な演技力が要求されるが、福井敬の完ぺきな歌唱と演技にただただ圧倒されるばかりであった。
福井敬に次いで黒田博のヴォルフラムが印象に残った。大変な美声の持ち主である。他の歌手も大変レベルの高い歌唱であった。
第3幕の幕が降り、熱狂した観客から大変な拍手と歓声が沸き起こった。今回の公演では、ミヒャエル・ハンペが実際に演技指導を行ったようで、カーテンコールではミヒャエル・ハンペが現れ、大変に驚いた。ハンペの姿を見るのはほぼ20年ぶりだろうか。今年で77歳ということで、確かに年を取られたなと感じたが、足腰はしっかりして大変元気そうで安心した。
なお当日エントランスで配られたチラシで、福井敬が今年9月東京文化会館でパルシファルに挑戦することを知った。この公演は是非聞きに行こうと思っている。